小説 オッキーマ伝説

-第1章・十勝編・第1節

クロスは2度目に、この地、「十勝」に住むようになり3年がたちました。2度目と言うのは、クロスが「防衛軍」に入隊したばかりの頃(2020年)に1年ほど住んだことがあるのです。このとき彼は25歳でした。その頃、「防衛軍」は「自衛隊」と呼ばれていましたが、入隊して初めての赴任先というのがこの「十勝」だったのです。彼はこの地を大変気に入りました。この地域は十勝平野とよばれその当時は広大な大草原が広がっていました。3方が山に囲まれ、その大地の南の1辺が太平洋に面しています。大自然に囲まれた十勝平野の四季折々の景色は大変美しいものでした。20年程前には風光明媚な土地だったのです。
しかし、2040年の現在、その面影は微塵もありません。荒れ果てた大地には草木はなく、剥き出しになった地面に雨が降り注いでいます。このころ既に市内に住む人は一人もいません。帯広市はまったくの廃墟と化しています。すべての市民はエリアと呼ばれるところに住んでいるのです。
帯広市の北にある士幌という地域に大規模な草原がありました。2025年春、そこに住居用エリア第一号が完成しました。翌年には十勝管内で居住用エリア6基のほか水産エリアや、農産エリア、工業エリア、防衛軍エリア、総合医療エリアなど各1基、あわせて12基のエリアが完成しました。「帯広市民」を含む十勝管内の人々はすべてこのエリアに移住したのです。
このエリアは天井や床、エリア内部の建物や道路すべてが特殊な素材で作られています。エリアの外壁もさらに強固な特殊素材で作られ、外界とは完全に遮断されています。このエリアは1辺が5キロメートルで、もう1辺が3.75キロメートル高さが500メートルの直方体で、都市機能のすべてを備えています。クロスはこうしたエリアのひとつ南西エリアに住んでいます。
クロスはこの日の夕方に、隣の居住エリアに行かなければなりませんでした。友人から「美味いものが手に入ったから、久々に一杯やろう」と誘いがありました。クロスは、酒はあまり好きではありませんでしたが、この友人とは半年も会っていませんでしたので、ちょうど良い機会と思い誘いを受けることにしたのです。今日は朝から書き物をしていました。少し疲れた頭を休めようと、コーヒーをすすりながらソファーに深々と身体を沈ませていました。
自宅の壁にかけて在る骨董品の振り子付き時計がコチコチと時を刻んでいました。まもなくボーン、ボーン4回低くやわらかい音がして、夕方の4時を知らせています。この壁の時計は100年以上も前の代物で、以前クロスがスイスに行ったときに、骨董品屋で見つけたものです。とても古いものですがゼンマイのねじをたっぷりと巻いておくと、ほぼ正確に時を知らせています。 クロスはこのぜんまい仕掛けの時計がとてもお気に入りでした。「この時計が発明された時代のままであったなら、地球をこんな状態にすることはなかったのに・・・」と思うことがあります。「まあ、後悔しても、もう地球は元には戻らない」そう独り言を言いながら、ソファーから身体を起こし、カップのコーヒーを飲み干しました。その後、クロスは身支度をして、部屋を出ました。廊下に出て左に曲がると正面に高速エレベータがあります。マンションの最上階まではエレベターを使います。
100階建てのマンションの最上階に各エリアへのバイパスのゲートがあります。クロスの住む10階からエレベーターに乗り5分弱で最上階に着きました。
友人の住むエリアはこのエリアの北東にあります。バイパス(連絡道路)の入り口はこの北側にあるゲートを使うと一番の近道ですが、クロスは腕時計に目をやり、ちょっと考えてから、南のゲートへ向かうタクシーに乗り込みました。「待ち合わせの時間にはまだ間があるな、南の水産エリアに立ち寄って、何か土産を買っていこう」そう思い立ったのです。3分ほどで南のゲートに着きエリア・ライナーに乗り込みました。エリア・ライナーはすべるようにバイパスへ吸い込まれて行きました。
眼下に廃墟となった帯広市の姿を見下ろしながらエリアーライナーは南へ向かいます。「ここは大空町のあたりだな」草原だった土地も、畑だったはずのところも、草木など一本も生えてはいません。地表には大きな岩肌がむき出しになっています。その岩肌を縫うように行方の定まらぬ激流が、さらに地表を削り取っていきます。見渡す限り荒涼とした暗褐色の風景が続いています「もし、地獄という世界があるのなら、まさにその光景そのものだろう」と恐ろしく寂しい気持ちになります。

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