小説 春の雪

淡雪に恋して-2

翌朝、私は何時もの出勤時間より30分早く家を出ました。彼女が出勤するのは、自分の時間より少し早いようだと考えたからでした。家のものには「夕べ仕事をやり残してしまったのだ」といって家を出ました。会社の駐車場の入り口付近に車を止め、彼女が出勤してくるのを待ちました。予想通りです。私は食い入るように彼女の車が止まる場所を見つめていました。彼女の車は私の車の前を通り駐車場の中ほどで止まりました。ドアーが開き紺のビジネススーツに身を包んだ彼女が降りてきましたが、昨日と同じように車の中から何かを取り出そうとしています。彼は何気ないふりをして彼女に近づき声をかけました。
「手伝いましょうか?」。彼女は昨日と同じように笑みを浮かべて「いいえ、結構です」といって取り出した小さなポーチを彼に見せながら「こいつ、お行儀が悪くて、何時も座席から滑り落ちてしまうんです」と、おどけた仕草でポーチを軽く叩いて見せました。その仕草がとても可愛らしく思えました。私は「そうですか、しっかり言い聞かせないといけませんね」と言葉をかえしたのでした。そのとき、ふと悠一郎は彼女の目が赤く瞼がはれぼったいのに気づきました。「目が赤いようですが、寝不足ですか?」と尋ねてみました。彼女はうなづいて「夕べは歯が痛くてよく眠れませんでした」と少し顔をくもらせました。「こんな顔を見られるのは恥ずかしいのですが、休むわけにもいかなくて・・・」悠一郎は「それは大変ですね、今も痛んでいるのですか?」と労わるように尋ねたのでした。彼女は「いいえ。昨夜、ある方からよいアドバイスをいただきまして、そのようにしてから痛みは止まり、眠ることもできました。」と笑って見せたのでした。「そうですか、それはよかったですね。でも歯の痛みは体が疲れるとよく痛み始めますよね。あまり無理はなさらないほうがよいですね」彼女は「私の担当している仕事は、今が一番忙しいので、これが済んだら歯医者に通おうと思っています」といいながら車のドアーを閉めて歩き出しました。私も彼女の歩みに合わせて、歩き出しました。歩きながら「終業は何時ですか?」と聞きました。彼女は「残業がなければ5時に終業です」とこたえました。名前を聞きたかったのですが、なぜか気おくれして聞き出せませんでした。「・・・5時の終業なら一般事務職だな・・・」そう思いました。玄関のドアーを通り正面にある受付カウンターの左右にエレヴェーターがあります。彼は左に彼女は右のエレヴェーターへそれぞれ向かっていきました。エレヴェータに乗っているうち悠一郎はある計画を考えていました。まもなく、オフィスのある7階でエレヴェータは止まりました。