小説 春の雪

淡雪に恋して4

悠一郎はすぐにシャワーを浴び、スーツに着替えました。財布を取り出しお金を数えました。「心細いな・・・」隣の部屋に住む友人に借りようとしました。友人は「事情はわかった。あまり手持ちがないが」と言いながらこころよく用立ててくれました。そのお金を借りるとそのままアパートを飛び出し、タクシーを拾うため表通りに出ました。タクシーはすぐに拾えました。行く先を告げるとタクシーは走り出しました。タクシーの中で「・・どんな事情があるのだろう・・」考えているうちに、目的地に到着しました。土曜日の午後7時、街にはたくさんの人がいました。人ごみを避けるように路地を抜け表通りにある喫茶店の前に出ました。ドアーをあけて店に入ると、彼女がすでに来ていました。手招きされて彼女のいるテーブルにつきました。「私も今ついたの。何か飲む?」彼女はメニューを私に差し出しました。「弘子は、何にしたの?」と彼女に尋ねると「まだ決めてないの?祐君と同じでいいわ。お酒でもいいわよ。」と言って笑顔を見せました。「まだお酒は早いな、時間的に」「まずはコーヒーでいいかな?」悠一郎が言うと「うんそれでいい」と彼女はこたえました。「手紙の話なんだけど・・」悠一郎は切り出しました。「結婚する相手って言うのは誰なの?僕の知ってる人かい?」彼女が「うん」と、小さくうなづきました。「会社の人?」彼女は首を横に振り「ううん、父の会社の人なの、貴方も会ったことがあるわ」悠一郎は「まさか木村君?」彼女は消え入りそうな声で答えました「そうなの」彼女は以前、彼女の父が経営する会社に行ったときに入り口に立っている彼を、「彼、木村って言うんだ。まとわりついて、いやなやつ、大嫌い」と吐き捨てるように言っていたのを、思い出しました。「そんな彼とどうして?」彼女は少しためらいながら顔を上げて話し始めたのでした。目を潤ませながら声を震わせしかし、しっかりとした口調で「父の会社が経営が行き詰まったんです。倒産するしかないと父は覚悟を決め。社員の皆さんに説明しました。それを聞いた木村が、彼の祖父に頼んだのです。二つ返事で融資に応じると言う応えでした」彼女の目にたまっていた涙が頬を濡らしていました。傍らのハンドバッグからハンカチを取り出して頬を拭いました。肩を小さく震わせながら、嗚咽していました悠一郎は状況を察しました。「資金提供の条件として木村が君との結婚を?」悠一郎がやさしく尋ねました。彼女は小さくうなずき話を続けました。「父はその結婚の申し入れを私に話さず一度は断りました。でも、その後、木村本人からそのことを聞きました。父が私に隠し事をしている様子を感じていました。とても悩んでいたのはこのことだったのか、と、私は気づいたのです」。少しの間彼女はだまってしまいました。悠一郎はそれをじっと見つめています。また目頭を押さえハンカチを当てました。

>彼女は悠一郎を見つめて再び話し始めました。「私は今まで父のおかげでなに不自由なく暮らしてきました。父は普段とても明るく振舞い、周りの雰囲気を楽しくしていましたが、最近の父はずうっと塞込んでいます。父が可哀相でなりません父を助けてあげたいのです」。そこまで話すと彼女はテーブルに泣き崩れたのです。激しく嗚咽し、声を殺しながら大きく肩が震えてていました。悠一郎は彼女に気兼ねなく自由に泣かせてやりたいやりたいと思いました。「ここを出ようか?」彼女はうなづきました。店を出ましたが、すぐには何処へ行ったらいいのか思いつきませんでした。しばらく無言で連れ立って歩きました。やがて彼女が口を開き「もっと話を聞いて欲しいな。二人きりになれるところへ連れて行って欲しいな。」悠一郎はそれが何を意味するのか手紙の内容から、わかっていましたが、返事はできませんでした。そのまま無言で歩いていました。「悠一郎の袖を引きながら、繁華街のネオンを指差しました「お酒飲みたいな、あの看板の店に行ってみたい」彼女の指差した飲食店ビルに入ると彼女が「私男の人とホテルへ行ったことがないんですよ。悠一郎さんが誘ってくれるのを待っていたから・・・」。悠一郎は黙って彼女の手を引いてエレベーターに乗り込みました。「看板のお店はこの階だね」ふたりはエレベータを降り、その店に入りました。ほかの客は誰もいませんでした。悠一郎が「マスター。ここいいですか?」と言ってカウンターの奥を指差しました。「いらっしゃいませ。どうぞお好きなところへ」と応えました。彼女が「あそこはだめですか?」お店の一番奥の小さなボックス席を指差して、悠一郎に尋ねました。「構わないですか?」悠一郎はマスターに尋ねました 。「どうぞ、暇な店ですから何処でも構いませんよ」といって甲高い声で笑いました。席に着くと「飲み物は何にします?」カウンターから声がしました「甘いカクテルがいいな。すぐに酔えるやつがいいわ」と彼女が応えました。「承知しました。殿方はなんにします?」「僕はターキーをダブルで」と応えました。彼女は気丈に振る舞い、今まで泣いていたことが嘘のようです。しかし悠一郎はそれが演技であることを見抜いていました「どうぞ、お待たせしました」オーダーが届きマスターがカウンターの中に消えると、彼女の目には涙が溢れはじめました。先ほどよりもはるかに大粒の涙が彼女の頬を伝ってテーブルに涙の泉を作っていました。彼女はもう涙を拭おうとはしませんでした。小さな声で嗚咽を繰り返し、大きく肩揺さぶり、その悲しみの深さを表していました。しばらく見つめていました。突然「飲みましょ。」元気な声を上げ、涙をいっぱいに浮かべた目で無理やり笑みを浮かべて言いました。悠一郎は「よし飲もう」と言いグラスを手にしました。その酒は何時になく、苦い酒でした。


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